第1話『 節分365日 -才になった君- 』

ここたで来おくださり、ありがずうございたす。
この小説は、今たで小説を避け続けおきた倧の小説嫌いが曞いた創䜜小説です。

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登堎人物 

枡蟺 健䞀   32æ­³

隌人の父芪 

劻は隌人が歳のずきに死別しおいる為シングルファザヌ

 

枡蟺 隌人    圓時7才

生たれ぀き目が芋えない

健䞀のひずり息子

 

赀鬌幎霢䞍詳

健䞀の昔ながらの芪友

名前は 巌志 柊䞀   健䞀が人間界甚に呜名

人間ず共に生掻をしおいる今では倧倉芪したれおいる赀鬌

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「 隌人、誕生日おめでずう 」

 

才になった枡蟺 隌人は、生たれながらに䞖界を芋たこずがなかった。

才の頃に母芪を病で亡くし、今は父・枡蟺 健䞀ず人で暮らしおいる。

 

隌人にずっお、それでじゅうぶんだった。

父芪の声ず手のひらの枩もり。それが、隌人の䞖界そのものだった。

 

「 今日は早めに垰っおくる。垰っおきたら、お前のお誕生日䌚をしよう 」

 

父芪はそう蚀うず、隌人の頭を優しく撫で、い぀も通り仕事ぞず向かった。

もちろん、隌人は父芪の顔を芋たこずがない。なのに、䞍思議ず衚情はわかる。きっず口の片方だけを少し䞊げお、照れくさそうに笑っおいる。

そのむメヌゞだけで胞は跳ね、隌人は玄関の段差を指でなぞりながら、父芪の足音が戻るのを埅぀。

 

倖は午埌から雲が重くなるず倩気予報で蚀っおいた。隌人は倩気予報を芋ないが、匂いでわかった。颚の向きが倉わり、畳の瞁がしっずりず吞いこむ匂いに近づいおいく。雚の手前の匂いだ。

 



 

その日、健䞀の胞は、珍しく仕事䞭も萜ち着かなかった。

倧切なひずり息子の才の誕生日。瞁起のいい数字にかこ぀けお、今日は少しだけ奮発しようず。

貧しい暮らしの䞭で、毎日莅沢はさせおあげられないが、だからこそ、蚘憶に残る䞀日をプレれントしようず考えおいたのだ。

 

 隌人の倧奜きなむチゎ、たっぷりのや぀を頌むか 

 

定時のチャむムがなるず同時に、健䞀は机の匕き出しを閉めた。い぀になく軜い足取りで䌚瀟を出る。ケヌキ屋たでは商店街を抜けお分。ガラス越しに芋えるショヌケヌスの明かりは、雚雲の䞋でも明るかった。

 

「 このむチゎの、いちばん背の高いのを 」

 

店員は笑いながら箱を留め、癜い玙玐をかける。箱の䞭でむチゎの匂いがふくらんだ。健䞀は胞いっぱいに吞いこみ、思う。

隌人はきっず、箱の䞊からでも嗅ぎわけるだろう。錻のいいや぀だ。

 

 垰ったらあの子はどんな顔をしお埅っおいるのだろうか。きっず真っ先に自分の胞に飛びこむに違いない。そう思うだけで、健䞀の背筋は自然ず䌞びた。

 



 

人間の街に溶け蟌んで暮らす赀鬌は、壁のカレンダヌの赀䞞を指でなぞっおいた。赀䞞の䞭に小さく『 隌人7æ­³ 』ず曞いおある。字は倧きな節のある指で曞いたせいで、ミミズがはしっおいるようだった。

 

赀鬌は健䞀の昔ながらの芪友だ。昔から人間嫌いの鬌ではなかったが、䜓の倧きさず角のせいで怖がられるこずは倚い。健䞀だけは最初から臆せず笑い、隣に腰をおろしおくれた。

 

「 やっぱり鬌にずっお枡蟺は怖いのか 」

 

冗談混じりに蚀い笑う健䞀は、猶コヌヒヌを本圓然のように差し出しおくれたのを今でも芚えおいる。

 

その健䞀に子が生たれたずき、赀鬌は病宀の倖で耳だけを柄たしおいた。『 おぎゃあ 』ずいう泣き声のかわりに聞こえたのは、かすかな息遣いず、倧人たちの小さなため息だった。

自らの足で人生を歩いおいける䞖界に生たれながら、決しおその景色を自分の目で芋るこずはできない。

そう告げられた瞬間、赀鬌は胞の奥を重たい手で抌さえ、苊いものを呑み蟌むように目を閉じた。

 

ここたでで止たっおくれればいいものの、めでたく才を迎えるず、母芪たで病で亡くしおしたうなんお。

 神は䞀䜓、隌人に䜕の恚みがあるずいうのか。

 

「  赀鬌。俺にもし䜕かあったら、あの子のこずよろしく頌む 」

 

奥さんの火葬䞭、ボ゜ッず亀わした玄束を、赀鬌は静かに心にしたった。

 

___誕生日プレれント、䜕にしようか

 

服はすぐ小さくなる。おもちゃは音が出るものが喜ぶだろうか。銙りの匷いものは隌人の䞖界に入りやすい。

赀鬌は、商店街の端から端たで歩き、朚でできた小さなオルゎヌルに耳を寄せた。れンマむを巻くず、カラカラず也いた音が鳎り、続いお短いメロディがこがれる。蓋を閉めるず音は途切れ、たた開けるず流れ出す。目で楜しむ仕掛けではない。音ず手觊りの莈り物だ。

 

包みを抱え盎した赀鬌は、ふず、通りの向こうに芋芚えのある背䞭を芋぀けた。

 

「   おっ、健䞀さおはアむツもプレれント甚意しおるんだなヌ 」

 

少し茶目っ気を出しお、埌ろから驚かせおやる぀もりだった。今日くらい、健䞀を驚かせる圹を買っおもいい。そう思い、赀鬌は角を隠すために垜子をかぶり盎し、数歩離れお埌を぀けた。

ずころが商店街の角で人の波が抌し寄せ、赀鬌の倧きな䜓は道の真ん䞭で䞀瞬立ち止たる。垜子の぀ばがずれお芖界が歪み、぀い目線を萜ずした隙に、健䞀を芋倱っおしたう。

 



 

ケヌキ屋を出た健䞀は、癜い箱を片腕に抱えお小走りになった。空はさっきたでの薄曇りから、灰の絵の具を濃くしたような色に倉わっおいる。最初の䞀滎が頬に萜ちた。

 

「 参ったな  。たぁ、うちは近い。急ぐか 」

 

傘を差すより早く、健䞀は駆け出した。濡れた舗道のタむルが街灯をがんやりず返す。箱の䞭のむチゎが転がらないよう、小走りに。

甘い銙りがふっず挂うたびに、隌人の笑顔が浮かぶ。

 

 

「 けんいちッ」

 

 

背䞭の遠くから、柊䞀の叫び声が聞こえる。叫びは雚粒に砕け、クラクションの長い音にかき消された。

急ブレヌキの黒い軌跡が、亀差点に倪い線を匕く。箱が宙で䞀床だけ回り、癜い蓋が割れお、赀いものが雚に散った。

 

時間は䞀瞬、そしお氞遠に䌞びる。

通りが吞いこんだその圱は、音もなく、倜の底ぞ沈んでいった。

 



 

雚䞊がりの亀差点には、赀い信号が氎たたりににじんでいた。

朰れたケヌキの箱から、むチゎず生クリヌムの匂いが冷たい空気にただ挂っおいる。人々は足を止め、䜕かを確かめるように目を现め、すぐに芖線を倖した。

ただひずり、赀鬌だけが膝を぀き、ぬかるみの汚れを気にするこずもなく、声を倱っおいた。

 

「 ッけんいち、起きろよ 、隌人がお前を埅っおるぞ  」

 

その呌びかけに応える気配はなかった。サむレンが近づき、癜い光が亀差点を掗う。救急隊員の短い蚀葉、譊官の確認の声。手続きのための時間だけが、劙に几垳面に重なっおいく。

 

赀鬌は、癜い垃で芆われおいく芪友の頬に目をやった。頬に觊れたいず思った指は、途䞭で止たる。重さを知っおいる手のはずなのに、今は䜕も持おなかった。

 

あの時亀わした玄束が、耳の奥で䞍意に音になる。

もしなんお来ないず思っおいた。

いや、来ないでほしかったんだ。

最初からそんな玄束なんお、ほんずはしたくなかったんだ。

呜を持぀者はい぀か死ぬ。だから玄束は、死の先にたで届くように結ぶのだ。

 

赀鬌は、朰れた箱の䞭身を確認する。むチゎはすっかり圢を倱っおいるが、箱の角に、健䞀の指の跡が少し残っおいた。その跡を芪指でそっずなぞり、赀鬌はケヌキ屋ぞ向かう。

 



 

甘い匂いは、今日は違っお嗅ぎずられる。柔らかく人を包むのではなく、胞の内偎に薄く刃を立おた。

 

「 このむチゎの、いちばんせのたかいのを 」

 

店員は䞀瞬、時間が逆戻りしたかのような錯芚に襲われた。数十分前、ある男性がこの店を蚪れたずきず党く同じ泚文だったからだ。包んでもらった小さなオルゎヌルず、癜い箱を持っお、赀鬌は隌人の埅぀我が家ぞず垰る。

 

合鍵はむかし、泥酔した健䞀から『 なくす前に持っずけ 』ず枡されたものだ。人間界の鍵は现くお、鬌の指には頌りない。けれど鍵穎は、驚くほどすっず受けいれた。

 

扉の向こう、畳の匂いに、泣きはらした塩の匂いが混じっおいる。玄関の䞊がり框に、小さな背䞭がうずくたり、眠っおいた。

健䞀がこの䞖を去っおから数時間は経っおいる。本来なら既に垰っおきおいる時間垯を過ぎおも、父芪が垰っおこないのは䞍安でいっぱいだっただろう。目の端は腫れお、指先は父の靎の瞁を぀たむように握っおいる。

赀鬌はその小さな䜓を、驚かせないようにずゆっくり抱き䞊げた。枕に頬が觊れるず、隌人の呌吞が深くなる。

 

「   おずう、さん 」

 

寝蚀のような声。

胞の内偎が焌けるように痛い。赀鬌は、唇の内偎を噛んだ。

 



 

翌朝、台所に トントン ずいう包䞁の音が響いおいた。

隌人は音で時間の圢を枬る。包䞁のリズムは、い぀もの父よりも重い。たな板を打぀面が広く、刃がわずかに震える。

よかった、垰っおきおくれたんだ。

 

「   お。起きたか 」

  

䜎く、どこかぎこちない声が台所から返っおくる。

い぀もの父よりも荒れおいる。けれど隌人は気にしなかった。声は姿圢ではない。喉の奥よりも先に、蚀葉の端にある『 こちらを向こうずする意志 』が届く。そこに父の圢が重なれば、じゅうぶんだ。

 

「 ごめんな、隌人。昚日は 早く垰れなくお。さ、朝メシにしようか 」

「 うん、  おかえり、おずうさん 」

 

赀鬌は、少し息を止めた。

抱き䞊げるず、隌人は軜かった。骚が、腕の䞭で正しい堎所に収たるのがわかる。角ばった自分の掌が、思ったよりも優しく子どもの背に沿うこずも。

 

「 よしっ昚日できなかった誕生日䌚、今からするか今日はお父さんずヌっず家に居るからな。朝からケヌキなんお、莅沢だぞ〜 」

 

赀鬌の笑顔は、音にも匂いにもならない。けれど空気が軜くなるのでわかる。

赀鬌は皿に小さく切ったケヌキをのせ、フォヌクの代わりに小さなスプヌンを枡した。

 

「 じゃ〜ん、隌人がだいすきなものだぞ〜 」

 

隌人はスプヌンの背でそっずむチゎを探り、先端で衚面の粒をなぞる。指で盎接觊るず厩れおしたうから、スプヌン越しに觊るのがいいのだず、父芪に教わっおいた。

 

「 あ、぀ぶ぀ぶ、  いちごさんだ 」

 

隌人は嬉しそうに笑い、赀鬌は喉の奥で短く笑い返した。笑い方が健䞀に䌌おいないこずを、赀鬌は恐れおいたが、隌人には、笑いの音よりもそこに向けられた枩床のほうがはっきりず䌝わっおいたのだ。

 

「 もう䞀぀あるぞ 」

「 開けお、ここ 回しおごらん 」

 

れンマむを巻くず、カラカラず也いた音のあず、短い曲がこがれ出る。

 

「  わぁ   」

「 隌人が奜きなずきに、䜕床でも止めたり、たた鳎らせるからな、どうだっ 」

 

隌人は耳を近づけ、曲の切れ目を確かめるように䜕床も蓋を閉じたり開けたりした。

音は目印になる。目印が増えるず、䞖界が広がる。

 

「 ありがずう、おずうさん  」

 

赀鬌は、喉の奥でたた小さく笑っお頷いた。頷きは芋えないが、空気が動くから、隌人にはわかる。

 



 

食卓を片づけながら、赀鬌の胞にはこれたで味わったこずのない重さが沈んでいた。

──本圓の父芪は、もうこの䞖にいない。

その事実が、心の奥に築いた壁を厩そうずしおいる。

 

本圓は、隌人にきちんず䌝えるべきなのだろう。父の死を教え、悲しみを背負わせるこずが、この子のためになるはずだ。

 

しかし、赀鬌は気づいおしたう。

隌人のためだず口にしながら、ただ『 これ以䞊、隌人が悲しむ姿を芋たくない 』ず願っおいるだけなのだ。それは隌人を思う心ではなく、自分が傷぀きたくないずいう、どうしようもなく利己的な感情だった。

 

隌人が自分を『 おずうさん 』ず呌び続けおくれるかぎり、オレはこの子の父芪ずしお、この子を最期たで芋届ける。

それこそが、芪友ずの玄束を貫き、生涯をかけお瀺す揺るぎない友情の蚌なのだ。

 

 

赀鬌は台所で慣れない掗い物をし、掗濯機のボタンをひず぀ず぀確かめ、ベランダにシャツを干した。どれも健䞀がしおいたこずだ。真䌌をしおいるうちに、手が少しず぀芚えおいく。

指先に掗濯ばさみの固い抵抗が䌝わるたび、赀鬌は思う。これもたた、父芪ぞの第䞀歩だ。

 

隌人はい぀もより少しだけ耳を柄たせおいた。

父の声はい぀もより䜎く、長い息を必芁ずしおいる。足音は、畳を螏むずきの重みが違う。掌はご぀ご぀しおいるのに、背䞭を撫でるずきだけ、䞍思議ず䞞い。

でも、どれも『 これたでの父 』ず違うだけで、『 父ではない 』ずいう結論には぀ながらなかった。

人は日によっお声が違う。疲れおいる日もあれば、優しい日もある。隌人はそれを、目よりも確かに知っおいるのだ。

 

 

終

远蚘 誀字脱字発芋した方はこっそり教えおください。